落合とイチロー

日本球界には2人の偉大な人物がいる。
王と長嶋と言われる方も多いかもしれない。
確かに、王と長嶋はとてつもなく偉大であるが、
私は王と長嶋が現役時代の頃を知らない。
そんな私がお世辞にも、王と長嶋が偉大だ・・・というのは少々筋違いな気がしてならない。

そんな私の偉大な人物。それは落合とイチローだ。
落合は実に、三度の三冠王を獲得した日本球界の偉大な右打者だ。
ご存知イチローは、今でも現役。言うまでもなく数々の記録を打ち立ててきた、
まさに日本が誇る球界の天才打者と言えよう。

そんな落合とイチローは、いくつかの共通点がある。
2人ともドラフト1位ではない。2位でもない。
落合は3位。イチローは4位だ。
2人共、そこから這い上がってきた天才打者なのである。

マスコミ嫌い、個性的な構え、自分流を貫くという共通点も面白い。
この2人がいた日本球界は実に面白かった。
数々の名言も残している。Youtubeなどでアップされているので、是非見てみて欲しい。

それと、これは個人的な話になってしまうが、
今シンガポールという国に非常に興味を持っている。
特にスポーツが盛んな国ではない。だからこそシンガポールで何かスポーツを流行らすというのは面白いのではないか。皆さんも一緒になって考えてみて欲しい。
今日は最後にシンガポールの情報サイトのリンクを貼っておくので、参考にしてみて欲しい。

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天才 ⇔ 凡才

天才の反語にあたるものに、凡才という言葉がある。
凡才とはどういう意味の言葉がお分かりだろうか?

凡才とは、
平凡で特にすぐれたところがない才能のことと、辞書では書いてある。

特にすぐれたところがない・・・というのはなんとも鋭利な言い回しだが、
まぁ、これが凡才という言葉の意味であることは間違いない。

世の中には天才もいれば凡才もいる。
そして、その圧倒的シェアを占めるのが凡才だ。
天才はほんの一握りである。

これを書いている私も凡才の一人と言えよう。

しかし、人には優れたと言わないまでも、
得意なことや好きなことがある。
好きこそ物の上手なれという言葉がある通り、
別に天才でなくても、凡才なりに人生を楽しむことは出来る。

私も凡才ながら人生を楽しめていると思う。
凡才なりに楽しく生きようではないか。

天才には分からない楽しみもあると信じている。

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天才の苦悩

天才が故、苦悩することは多々あると思います。
何でもうまくいってきた天才だからこそ、
壁にぶつかった時はもろいものなのかもしれません。

解決策が見つからず、
そのまま凡人になってしまうことも・・・。

天才が故の苦悩と言いましょうか、
天才のままではリスクが高いような気もします。

一番良いのは、
天才で、しかも何度か壁にぶつかり、
その壁を乗り越えてきた者。
こうなると最強でしょう。

壁を乗り越えられる天才ということになりますから、
天才だけど努力も出来る。
もう誰にも負けないと思います。
でも、これが備わっている人はごく一部。
天才だけでも希少なのに、
その中で更に努力に耐えられる人ですから。
世界を探してもものすごく希少なのではないでしょうか。

きっとそういう人が世界のトップアスリートと呼ばれる人たちなのでしょうね。
地球上で63億人ともいわれる人口のほんの一握り。

本当にすごいですよね。。

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凡人が天才になるには

天才、天才というけれど、
凡人が天才になることは出来ないのでしょうか??

『天才』とは、天から授かった才能と書きます。
つまり、天才とは努力をして成るというものではなく、
生まれ持った才能と言えるでしょう。

ですので、今、あなたが何か突出した才能を持ち合わせていないのであれば、
あなたは天才になることは出来ないということになります。

なんだ、そうか・・・。と肩を落とさないで下さい。

ここで言いたいのは、
『何か突出した才能を持ち合わせていないか』ということ。
あなたはまだ自分の才能に気付いていない可能性があります。

絵を描いたこともない人が、
書いてみたらすごくうまかった。皆に認められた。
あるいは、天才と評された。なんてこともある訳です。

まだ見ぬご自身の才能を見つけることこそが、
天才への近道かもしれませんね。

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天才はいる

よく、天才とは1%の才能と99%の努力だなんて言う人がいます。
確かにそれも一理あるかもしれませんが、
それでも、100%は言わなくとも90%台の天才はいると思います。

生まれ持って才能に恵まれている。

スポーツの分野では、幼いうちから才能を見出すことは難しいですが、
文科系の分野では才能のある子が顕著に分かりますね。

例えば・・・、

歌がうまい子。
絵がうまい子。
物を作るのがうまい子。
面白い子。

など、文科系の分野では幼い子供の方が
大人よりも上手に絵を描けたり、歌を唄えたりすることがあります。

これは、もう才能という以外何ものでもないのではないでしょうか?
努力という観点で見るならば、まだ幼少なのですからほとんど努力はしていません。
純粋に才能だけで勝負をしている。・・・私はそう思うんです。

ここで、天才は1%の才能と99%の努力という言葉を思い出してみましょう。
幼少の頃に上手く絵が描ける。歌が唄える。これが1%の才能でしょうか。
私は違うと思います。
これはもう99%才能なんです。
ここに努力が加われば、それはもう本当に素晴らしい才能になるのだと思います。

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持っている人

よく、類稀なる強運を持っている人に、
『持っている』などという表現を使います。

確かに、ごく稀に、強運を『持っている』人を見かけます。

それはスポーツ選手にもいますし、
財界や政界など、色々なところにいます。

でも、大半の人は持っていないと私は思います。
持っていない人は努力をしなければ、
持っている人の上をゆくことは出来ないでしょう。

しかし、運とはあくまで運であって、
目に見えるものではありません。
ですが、努力とは目に見えます。
当然、努力した人にしか分からないことですが、
確かに感じることが出来ると思います。

でも運はどうでしょうか?
運を持っているという人でも、
運を感じることが出来ているのでしょうか?

よく『自分は持っている』なんて言う人がいますが、
本当に感じているのでしょうか?

私が思うに、
きっとその人はそれなりの努力をしているのだと思います。

だからこそそんなことが言えるのだと思います。

でなければ、不確かな運をあてにするような発言なんて出来ませんよ。

つまり、持っている人、それは努力もしている人、なのではないでしょうか。

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天才は99%の努力と1%才能で出来ている…

世の中には天才と言われる人がいます。
生まれながらにして並外れた才能を持つ人を。
でも、本当にそうでしょうか?
生まれながらに才能を持っていたとしても、
その才能を生かすには、やはり努力が必要だと思いませんか?

何をやってもうまくいく人がいます。
何をやっても上手にこなせる人がいます。
でも、その人を天才とは呼びませんよね?

そこから努力をし、
誰も到達し得ない偉業を成し遂げてこそ天才と呼べるのではないでしょうか?

天才は才能だけでは成れません。
やはり努力が必要なのです。
逆に言えば、努力をしまくれば天才になれるということでしょう!
人は、そこまで才能の違いは無いのだと思います。

結局のところ、努力に勝る天才はいないのです。

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